科学技術賞
開発部門
対象:我が国の社会経済、国民生活の発展向上等に寄与し、実際に利活用されている画期的な研究開発若しくは発明を行った者
平岡 眞寛 医学研究科 教授
「動体追尾放射線治療システムの開発」
業績: 高齢化社会の到来に伴い、体への負担が少ない放射線治療の役割が急拡大している。放射線治療の最大命題は如何にがんのみに放射線を集中させる事であり、既に三次元放射線治療法が開発されていた。しかし頭部のがんを除く多くのがんは、呼吸運動等により動くため、この動くがんに対しても的確に放射線照射を行う四次元放射線治療技術の開発が必要であった。
本開発では、産学連携で医師・医学物理士・企業のエンジニアを組織化し、新規開発のジンバル構造による治療ビーム照射方向制御機構と、動くがんのリアルタイム位置捕捉技術を組合せ、動くがんに対し治療ビームを追従し的確に照射する動体追尾治療技術を開発、2011年9月に世界初のリアルタイムモニタリング下による動体追尾定位治療を実現した。
本開発により、動くがんに対しても更なる放射線集中を達成し、それによる治療成績向上や副作用軽減が可能となった。
本成果は、がん患者への革新的治療提供に加え、海外製品が席巻する医療機器において貴重な産学連携の開発成功モデルとして活用されることで医療機器産業の発展に寄与している。
尚、本「動体追尾放射線治療システムの開発」は、最先端研究開発支援プログラムにより、日本学術振興会を通して助成されたものです。
研究部門
対象:我が国の科学技術の発展等に寄与する可能性の高い独創的な研究又は開発を行った者
渡邉 大 生命科学研究科 教授 (医学研究科 教授 兼任)
「霊長類の神経回路を選択的に制御する手法に関する研究」
業績: 脳には非常に多種類の神経細胞が存在し、さらにこれらの神経細胞が互いに接続し複雑な回路を構成している。脳の仕組みを理解する上で個々の回路の機能を明らかにすることは大切であり、そのためには特定の神経回路を遮断してその影響を調べる研究手法が非常に有効である。しかしながら、このように特定の神経回路の操作は難しく、哺乳類モデル動物の中では分子遺伝学的操作が可能なマウスでのみ可能であった。自然科学研究機構 生理学研究所の伊佐正 教授、福島県立医科大学 小林和人 教授らと共同で、2種類のウイルスベクターによる「二重遺伝子導入法」を開発し、ヒトと進化的に近い脳をもつマカクサルの中枢神経系の特定の神経回路を選択的かつ可逆的に遮断することに成功した。
さらに共同研究チームは、この技術を使って手指の制御に関わる神経回路を調べた。手指を巧みに操る霊長類の運動系神経回路には他の哺乳類にはみられない特徴があり、従来より論争があった。すなわち、霊長類では脊髄レベルに進化的に新しい「直接経路」と旧い「間接経路」が混在し、そのうち「間接経路」が手指の巧緻運動制御に関わっているか、良く解っていなかった。本手法を用いてマカクサルの「間接経路」の神経伝達を選択的に遮断したところ、手指の巧みな動きが損なわれた。この結果から、私達ヒトでも「間接経路」が手指の精緻な動きに重要な役割を果たしていると考えられる。
本成果は、霊長類の脳での経路選択的かつ可逆的神経伝達遮断法という今後の高次脳機能研究に有力な技術を提供するとともに、本研究で明らかになった「間接経路」の機能に関する知見は脊髄損傷の治療法の開発に寄与すると考えられる。
若手科学者賞
対象:萌芽的な研究、独創的視点に立った研究等、高度な研究開発能力を示す顕著な研究業績をあげた40歳未満の若手研究者
金子 武人 医学研究科付属動物実験施設 特定講師
「精子フリーズドライ長期保存法の開発及び実用化に関する研究」
業績: フリーズドライ(凍結乾燥)技術は、インスタントコーヒーや宇宙食などの食品や医薬品の長期保存に汎用されている。フリーズドライ技術を哺乳動物の精子保存に応用した場合、これまで不可欠であった液体窒素を必要としない遺伝資源保存・輸送が可能となる。
氏は、DNAの保存に一般的に利用されるトリス-EDTA保存液を用いてマウスで3年、ラットで5年冷蔵庫(4℃)で保存したフリーズドライ精子から正常な子供を誕生させた。また、常温で国際航空輸送したフリーズドライ精子からの子供の誕生にも成功した。
本方法は、野生動物や優良家畜の保存にも応用可能である。これまでフリーズドライ精子の長期保存に成功した例はなく、常温国際航空輸送も可能にしたことから、「安全・簡易・低コスト」の遺伝資源保存・輸送法になると期待される。また、本方法は液体窒素を使用せず、常温でも短期間の保存が可能である。このことから、地震・洪水等の災害時における液体窒素生産や供給の途絶によるサンプル消失の心配もなく、貴重な遺伝資源を安全に守ることが可能である。