
2025年4月1日付で、京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻先端リハビリテーション科学コース先端理学療法学講座の教授に着任いたしました建内宏重と申します。
私は1998年に本専攻の前身である京都大学医療技術短期大学部を卒業し、大阪医科大学附属病院(現、大阪医科薬科大学病院)のリハビリテーション科に理学療法士として入職しました。8年間の臨床経験を経て、2006年に京都大学医学部保健学科理学療法学専攻の助手として大学に戻り、2007年からは人間健康科学系専攻の助教、2018年からは本専攻の予防理学療法学講座(産学共同講座)の特定准教授、2021年からは現講座の准教授となり、この度、臨床バイオメカニクス研究室を長年にわたって率いてこられました市橋則明教授の後任として教授を拝命することとなりました。
私は、理学療法のなかでも運動器領域の理学療法を専門とし、特に変形性関節症を有する患者に対する理学療法の研究を進めて参りました。変形性関節症は運動器疾患のなかでも患者数が極めて多い疾患であり、疼痛や関節機能の悪化などによる運動機能の低下が生活の質を低下させます。世界的にも多くの研究者がこの疾患・障害の改善に関して研究を進め、症状の緩和に理学療法が効果的であるというエビデンスが蓄積されてきています。しかし一方、理学療法が、進行性である変形性関節症の病態の進行をいかに予防・抑制できるかという点においては、まだエビデンスに乏しい状況です。私が長年、変形性関節症の患者さんに向き合ってきたなかで、なぜもっと早い段階で効果的な理学療法が提供されてこなかったのかという思いを幾度となく経験し、それが私の研究に対するモチベーションともなりました。私が変形性関節症の進行予防に向けた研究を開始した当時、特に変形性股関節症においては、年齢や性別、骨変形や遺伝的素因などが疾患進行のリスク因子として知られていましたが、理学療法で改変可能なリスク因子が見つかっていませんでした。そこで私は、京都大学の整形外科学教室の先生方のご協力のもと、当時の大学院生たちとともに疾患進行リスク因子を特定するための臨床研究(コホート研究)に着手しました。その結果、多くの患者さんまた共同研究者のご尽力により、幸運にも理学療法で改善させ得るリスク因子(日常生活における累積的な関節負荷や、姿勢の悪化、脊柱の柔軟性低下など)を特定することができました。現在は、これらのリスク因子を臨床現場で容易に評価するためのツールの開発や、新たなリスク因子探索のための臨床研究を他大学や企業との共同研究を通じて実施しております。
私がこのように、臨床と研究を続けてこられた一つの大きな契機は、Washington University School of Medicine in St. LouisにおいてのShirley A. Sahrmann教授とLinda Van Dillen教授のご指導でした。お二人は、運動器理学療法の世界的権威であるとともに、臨床における芸術的技術と科学的な臨床研究をシステマティックに融合させ、世界の運動器理学療法をリードされていました。そのような先生方のもとでの留学経験が、私のその後の臨床や研究におけるマインドやメソッドに大きな影響を与えてくれました。
私が所属する先端理学療法学講座では、理学療法士の国家資格を取得することが一つの目標とはなりますが、学生の希望する進路は多様化してきています。学生が将来、医療専門職あるいは研究職などどのような進路に進むにしても、学部教育では、臨床の奥深さや難しさ、面白さを感じ取れる素地を養うことが重要だと考えています。さらにその上で、現状の課題を見つけ、その解決に向けた研究の発案を行うなどして、大学院教育へとつなげていきたいと思います。大学院教育では、自由な発想と知的なしなやかさを養うための豊富なディスカッションを通じて、当該領域で臨床的切実性が高い課題を見つけ出し、それに真正面から取り組むことが大切だと考えています。また、学生が将来、研究者として自立するためには、学術活動の実践経験を通じて蓄積される、いわば学術活動における“知恵”の涵養が大切であると考えます。さらには、他研究室との交流や関連他学会への参加、国内外の臨床・研究機関との共同研究への参加などを通じて、研究者としての視野を広げ、新たな発想が生み出される機会を増やすことも、大切であると思います。
私は、本学でこそ実践できる教育を通じて、高度な臨床実践能力と学術研究能力、そして人間力を兼ね備えた次世代のリーダーとなるべき人材を育てていく所存です。