【リレーエッセイ】 リトリート (医学専攻生体構造医学講座発生生物学 柊 卓志 教授)

お知らせ

ヨーロッパで研究に従事して25年、文化としてのサイエンス、その築いてきた歴史を感じることもありました。その特徴の一つに、深く考え議論する姿勢があるかもしれません。特に欧州分子生物学研究所(EMBL)での10年(2011-2021年)は貴重な経験で、サイエンスのために、という意識がすべてに浸透していました。中でも、グループリーダー・リトリートは印象的で、私たちのサイエンスを形作る基礎となりました。

EMBLの発生生物学ユニットは8つほどのグループからなり、半年に一度、グループリーダーだけ森の小さなホテルや海辺のヴィラ(写真1)に24時間滞在して議論します。その間、2−3人のグループリーダーが一人2時間、今取り組んでいる問題や将来の展望を話します。私が初めて参加し発表の担当になった時、スライド何枚準備すればいいかな?と相談したところ、「まあ、3枚。それがすべて終わればいいところかな」という反応でした。実際、始めてみると、言葉の定義、問題の定義から始まり、いつも曖昧にしがちなことを一つ一つ明確にするための議論になり、なかなか先に進みません。「何が知りたいのか」「何をどう理解すれば満足できるのか」「今目指していることをすべて手に入れたら、何が見えるのか」「それは本当に新しいのか」「そのためにはどういうアプローチが可能か」など、徹底的に議論します。

私の最初の発表では、当時のプロジェクトの計画が曖昧、展望が弱かったことが見事に露呈し、ボロボロになって困り果てたところで、何気なく見せた映像データに対して、「これ、面白いね。。」とボソッとつぶやかれ、「ああ、こういうのが面白いのか。。」と印象に残ったのを覚えています。具体的なアイデアを言われたわけではありませんが、それ以来、意識下にそれが長く残り、グループの方向性の舵を大きく切るきっかけになりました。お互い、その2時間は、そうやって同僚のために全力を尽くすことになるのですが、たまに外部からゲストを迎えて同じ「おもてなし」をすると、気を悪くして夕食に参加しないこともありました(そのゲストは二度と招待されなかったことは言うまでもありません)。

一歩引いて考えるというのは、リトリートに限らず、様々な(思わぬ)機会にできるもので、サイエンスの営みの根幹です。私のラボ・リトリートも同様のリラックスした設定で新しいアイデアを出し合う会とし(写真2)、また京大ASHBiでも同様のグループリーダー・リトリートを試みています。

URL:
京都大学大学院医学研究科医学専攻生体構造医学講座発生生物学

https://ashbi.kyoto-u.ac.jp/lab-sites/hiiragi/




写真1 EMBLグループリーダー・リトリート Sorrento, Italy, 2014


写真2 Joint ラボ・リトリート Monteleone d’Orvieto, Italy, 2023
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