松本 理器 教授(臨床神経学分野)が着任しました

お知らせ

 2024年10月1日付けで、京都大学大学院医学研究科脳病態生理学講座 臨床神経学分野の教授を拝命しました松本理器と申します。着任にあたりご挨拶をさせていただきます。

 私は奈良県の出身で、1994年に京都大学医学部医学科を卒業し、第2代木村淳教授主宰の神経内科に入局しました。脳は他の臓器と違い、脊髄・筋・内臓・感覚器まで張り巡らされた神経を通して全身を制御し、階層性のある複雑なシステムとして機能しています。この「小宇宙」ともいえる脳に魅了され、脳を知り、脳を守りたいと考え、京大病院、大阪赤十字病院での臨床研修の後、柴﨑浩教授(当時)が主宰される京都大学大学院医学研究科脳病態生理学講座 臨床脳生理学教室に1998年に入学しました。当時はDecade of the Brainとして脳研究が全世界で始まっており、ヒト脳を対象とした神経生理研究の黎明期でした。臨床脳生理学教室には、当時としては、電気生理(脳波・事象関連電位・脳磁図)と神経画像(機能的MRI・PET)を駆使して学際的な研究が推進できる世界有数の環境が整備されていました。長峯隆先生(現札幌医科大学名誉教授)、池田昭夫先生(現てんかん・運動異常生理学教授)に師事し、皮質脳波・脳磁図の手法を用いて、脳のネットワーク構造を介して発作が出現するてんかんと表裏一体の高次運動機能の生理研究に従事し、ヒトの外側運動前野における運動関連機能の分化の解明で学位を取得しました。

 柴﨑浩教授のご高配で、北米クリーブランドクリニック神経内科てんかん・臨床神経生理部門クリニカルフェローとして留学し、Hans Lüders教授のもと、サブスペシャリティである臨床神経生理学・てんかん学を世界最高水準で研鑽することができました。頭蓋内電極の慢性留置によるてんかん外科手術の術前評価に関わる臨床的立場から、独創的な脳ネットワーク解析手法を開発する機会を得ました。具体的には、頭蓋内電極から微小電流で大脳皮質を刺激し、皮質間結合を介して伝播する電気活動を皮質・皮質間誘発電位(cortico-cortical evoked potential: CCEP)として脳表から記録し、ヒト脳内の皮質間結合を電気的に追跡する手法です。この手法では数十秒で刺激部位からの因果的な機能的結合を優れた時間・空間分解能で結合強度を含めて評価できます。臨床的には個々の患者脳で脳機能・てんかんネットワークが探索でき、システム脳科学の観点からはグループ解析により、非侵襲的計測の参照地図となるヒト脳コネクトームの作成が可能で、世界各地で臨床システム脳科学研究に応用されています。

 帰国後も、”What can we do for the current and future patients using the state-of-the art neuroscience?” を常に考え、1)高次脳機能ネットワークと病態下の機能可塑性の解明、2)低侵襲の臨床脳機能マッピング法の研究開発、3)てんかんネットワーク病態の解明を行い、研究成果の臨床応用・普及を推進してきました。京都大学脳神経外科と共同研究で脳腫瘍外科にCCEPの手法を応用し、言語機能を担う白質経路(弓状束)の機能を術中モニタリングして温存する方法を世界に先駆けて開発し、世界で臨床応用が進んでいます。ヒト固有の言語機能の神経基盤の解明にはヒト脳を対象とした学際的研究がかかせません。ケンブリッジ大学はじめ国内外の研究者と異分野共創研究を推進し、皮質脳波・神経心理・CCEP・数理・言語モデルを統合し、意味認知の脳内基盤、特にヒトで進化した前部側頭葉が言語の意味理解には重要であることを明らかにしてきました。

 2018年からは神戸大学大学院医学研究科脳神経内科学分野に教授として赴任する機会をいただきました。兵庫県の最後の砦として、脳卒中・認知症・てんかんといったcommon diseaseから神経難病まで幅広く診療を提供し、てんかんセンター・認知症センター長として、診療科横断的な診療体制を構築いたしました。研究面では、専門のシステム脳生理研究での日仏共同研究に加え、学内外の融合研究や産学官連携での超小型脳波計の研究開発を展開する機会に恵まれました。認知症の超早期病態での免疫系・シナプス変容(神経過興奮病態)に注目し、培養・動物モデルから未病コホートまで、分子遺伝学・免疫・病理・生理・数理を融合して、未病期の病態マーカーの開発、治療介入に向けた研究を進めています。

 5年10ヶ月母校の臨床神経学(脳神経内科)の教室を離れ、外から眺めて再認識しましたのが、40年を超える歴史と500名を超える多彩な同門の存在です。第4代髙橋良輔教授のもと、診療面では「治る脳神経内科」を標榜し脳神経診療の総合デパートとして幅広く診療を展開し、研究面では臨床神経科学研究の拠点として基礎研究・iPS研究からヒトを対象とした神経生理・画像研究まで推進してきました。診療と研究の両輪の持続的発展に向けて、臨床神経科学の素養を持ったEffective NeurologistsとPhysician Scientistsの育成に努めたいと思います。神経変性疾患に対する疾患修飾薬も上市が始まり、初代亀山正邦教授以来の教室の伝統である「治る脳神経内科」を本格的に実践できる時代になりました。新たな治療の展開として、専門分野を活かし、関連診療科と協働で、細胞移植・深部脳刺激から非侵襲的脳刺激・ニューロフィードバックまで、内科・外科治療に次ぐ第3の治療法としてニューロモデュレーション治療を展開できればと存じます。臨床神経学教室は2029年で創立50年を迎えます。これからは教室員とともに、次の50年に向けた診療・教育・研究体制の整備・深化に尽力いたす所存です。何卒よろしくお願い申し上げます。

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