【リレーエッセイ】危険と遊びに満ちたUTMBへの冒険(医学専攻皮膚生命科学講座皮膚科学 椛島 健治 教授)

お知らせ

私は皮膚科医ですが、アトピー性皮膚炎の病態解明や臨床応用を目指して研究も並行して続けています。研究とは、まだ誰も知ることのない世界に足を踏み入れなければならないため、不安や期待と共に答えのない試行錯誤が続きます。

ニーチェの「ツァラトゥストラはこう語った」の中で、Das Mann will zwei Dinge: Gefahr und Spiel (The true man wants two things: danger and play)という文章が出てきます。「危険」と「遊び」の魅力、これは研究にも通じるものを感じますが、それでは趣味ではどうでしょうか?

私が40才となった2010年に、UTMB(Ultra Trail du Mont Blanc)というトレイルランニングを紹介する番組を目にしました。雄大なアルプスの170 kmにわたる登山道を駆け抜けるランナーの姿をみて、自分もいつかこのレースに参加してみたい、と思い立ちました。これまで陸上競技の経験が全く無かった私ですが、Runnetというマラソン大会のサイトなどを通して、以下の様な計画を立て、ジョギングを始めて1年あまりで100 kmのウルトラマラソンを完走するに至りました。
 ● 2011.4.3 福井駅前マラソン (ハーフマラソン) 1:47:12
 ● 2011.6.5 千歳JAL国際マラソン (フルマラソン) 4:16:23
 ● 2011.9.18 丹後ウルトラマラソン (60 km) 6:54:41
 ● 2012.2.5 紀州口熊野マラソン(フルマラソン)3:31:13
 ● 2012.3.11 京都マラソン(フルマラソン)3:31:23
 ● 2012.6.24 サロマ湖ウルトラマラソン (100 km) 12:38:51

さすがにサロマ湖のウルトラマラソンでは途中で膝を痛め、完走までにロキソニンを10錠近く服用せねばならず、お勧めできる計画ではありません(危険!)が、やれるだけやってみることで自分の可能性は広がります。しかし100 kmのロードとUTMBの170 kmの山道を走ることは訳が違いますので、さらに走力を上げなければなりません。

一方、市民ランナーの目標として、フルマラソンのサブ3.5(3時間半以内で完走)がありますが、達成できずにもどかしく感じていたシーズン3年目に、呼吸器外科の伊達洋至教授の趣味がマラソンであることを知りました(しかも自己ベストが2時間48分!)。早速練習にご一緒させていただくと、これまで勝手に自身の限界を設定していたことと練習の甘さを痛感しました。伊達塾での効果は覿面に現れ、3シーズン目の終盤に3:24:17, 4シーズン目に3:07:33、そして5シーズン目にはサブスリー(2:58:15 別府大分マラソン)を達成できました。よい環境に身を置くことは大切なことだと実感しました。いまでは、出張の時も、早起きしてその街を散策することが楽しみの一つになっています。そして、マラソンを通してiPS細胞研究所の山中伸弥教授、戸口田淳也教授と知り合い、伊達先生を含め4人で定期的にジョギングをするにまで至りました(チーム名もKumpers)。また、海外のマラソン大会(ボストンマラソンなど)にもいくつか出場しました。

並行してトレイルランニングも進めました。5シーズン目の2015年には信越五岳トレイルランニングで110 kmを15:40:26、6シーズン目の同レースで13:15:54、その後は香港やザルツブルクなどの海外のトレイルレースにも参戦し、7シーズン目には、日本で最も歴史のある「おんたけ100マイル(160 km)」で20:48:33(国内総合19位)で走れるようになり、レースのポイントも貯まり、思い立ってから7年もかかってしまいましたが、憧れのモンブラン(UTMB)に出場できました。ただ、本番では3000メートル近いところまでを登ったり降りたりを何度も繰り返さなければならず、70 km地点で高山病とついには軽い肺水腫になってしまいました。ゴホゴホと血の混じった痰を吐きながら(危険!)、40時間近い時間(39:21:22)を要して、何とか無事に完走しました。レース中は、約20km毎にエイドステーションがあるのですが、そこで妻が補給食を準備して待っていてくれて、救われました。UTMBは、距離にして170 km、累積標高が10000mを超えますので、富士山を3回麓から上り下りしながら京都から赤穂市あるいは豊田市まで走る計算になります(しかも一睡もせずに)。なぜこんなしんどいことをやるのか、と思われそうですが、アルプスの山々は壮大で美しく、また、長い夜を走り続けた後の来光は神秘的であり、7年越しの夢が叶い、感無量でした。

ただ実のところ、ここに至るまで、本業の仕事も忙しかったためなかなか時間を確保できませんでした。また、スポーツジムに通って練習、というのも性に合いません(これまで何度も入会してはほとんど行かないために退会する、ということを繰り返しています)。そのため、日常生活の一部にジョギングを組み入れることが大切と考え、自宅と大学の通勤ラン(片道6 km)と出張時の大学と京都駅の移動(6 km)を練習の場に設定しました。エレベーターもできるだけ利用せず、東京出張の時も山手線圏内位は走って移動するようにしています。地下鉄に乗っていては見えなかった東京のいろいろな景色を楽しんでいます。また、現在54才と年を取ってしまいましたが、なんとかサブスリーを継続しています。

趣味とは言え、当たり前のことをやっていてもつまらないので、自分の限界を超えるような少し無謀な目標と計画を立て(危険)、その実現のプロセスを楽しんできました(遊び)。そして、ジョギング仲間は、今では国内のみならず、世界中の研究者にまで広がりました。ランニングは長い間続けられるスポーツです。このささやかな趣味であるランニングをこれからもできるだけ長く続けていきたいと思います。

URL:
京都大学大学院医学研究科医学専攻皮膚生命科学講座皮膚科学

https://dermatology.kuhp.kyoto-u.ac.jp/




UTMBでは、最近TJAR(トランスジャパンアルプスレース)などで今有名になっている土井さんも一緒でした。


レース途中。モンブランをバックに。


3000メートル近いところでは雪が積もりますので、防寒具も担いで走るため、平地を走るのとは訳が違いました。


ゴール時点です。浮腫がきつくて、両目がほとんど開きませんでした。


よく一緒に練習する仲間。右端より戸口田淳也先生、山中伸弥先生、伊達洋至先生。
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