
2024年7月1日より京都大学大学院医学研究科感覚運動系外科学講座口腔外科学分野の教授を拝命いたしました廣田誠と申します。着任にあたりご挨拶させていただきます。
私は神奈川県に生を受け、地元の高校を卒業後に日本大学松戸歯学部に進学しました。1998年に卒業後すぐ横浜市立大学大学院医学研究科に進み、臨床の研鑽を重ねるとともに病理学教室に出向して口腔粘膜疾患の研究で学位を取得しました。
2005年に日本口腔外科学会専門医を取得し、翌年にドイツの南部バイエルン州にあるエアランゲン−ニュルンベルク大学歯学部口腔顎顔面外科に留学する機会をいただきました。当時ヨーロッパインプラント学会の会長であった教授の下で顎骨再建のための骨造成治療および歯科インプラント治療の勉強をしてきました。帰国後は歯科インプラントの原材料であるチタンの基礎研究にも着手し、臨床と基礎の両面から顎骨再建とインプラント治療の研究に取り組んでいきました。
2012年からはカリフォルニア大学ロサンゼルス校歯学部ワイントロープ再建生体工学研究所に留学しました。同研究所は「口腔がんと顔面外傷の生存者のQOL(生活の質)を回復させること」を理念に掲げていましたが、この理念を知って以来、顎の骨ごと歯を失ったような重症化した患者さんのQOLの回復を実現するインプラント材料の研究に注力してきました。歯科インプラントはオッセオインテグレーションとよばれるチタンと骨との結合の上に成り立つ治療ですが、チタンには材料製造後、経時的に骨結合能が低下していく「チタンエイジング」という現象が生じることが明らかになりました。チタンエイジングの本質はチタン表面における骨芽細胞の接着低下ですが、これは紫外線照射によって回復させられることが明らかとなり「チタンの光機能化」として提唱されました。チタンエイジング・チタンの光機能化両者の提唱者であるUCLA小川隆広教授の下で、私はこの紫外線照射技術を臨床の場で実現できる装置の開発に取り組みました。またUCLAでは頭頸部癌に対する放射線治療後の有害事象である顎骨壊死に対する臨床研究にも触れる機会をいただきました。放射線性顎骨壊死は口腔粘膜が欠損して顎の骨が露出する手術適応となる感染性疾患ですが、難治性であり再発しやすい側面があります。これを骨代謝に関わる薬物によって壊死した腐骨が自然分離し、さらに粘膜が自然閉鎖する低侵襲治療です。帰国後はこうした先進的医療技術を本邦に導入し、顎骨欠損症例に対するインプラント治療および放射線性顎骨壊死に対する低侵襲治療で一定の成果を挙げることができました。
2019年からは横浜市立大学附属市民総合医療センター 歯科・口腔外科・矯正歯科の部長を務めさせていただき、これまでの歯科インプラントや顎骨壊死の治療に加えて顎変形症による歯列不正を治療するための顎矯正手術を中心に、「地域医療最後の砦」の理念の元、口腔内特に顎の骨や歯ぐきに生じる疾患の手術に取り組む日々を過ごしておりましたが、この度ご縁をいただくこととなり、京都大学にお世話になる事となりました。
歯科口腔外科で扱う疾患は非常に多岐に渡ります。歯1本の疾患が命取りとなることもあります。顎の骨の中に恐ろしい疾患が潜んでいることもあります。これらを1つ1つ確実に治療することで地域の医療に貢献します。また大学病院として健全な歯科医・口腔外科医の育成に努め、京都を中心とした医療圏の歯科口腔保健の充実に貢献できれば良いと考えております。研究面では上述のチタン研究において国際共同研究を進め、良質な研究成果を挙げることを目指します。また生活習慣と歯科の関連や、顎・口腔の発育異常に関する研究も充実させ、市民の皆様の日々の生活に結びつけていけるような成果を国民に発信していきます。
加えて口腔は、咀嚼や嚥下など本来の機能はもとより、全身麻酔手術や化学療法時の合併症を予防するための医科・歯科連携である周術期口腔機能管理の重要性が近年高まっています。これは多職種でチームとして取り組む課題であり、かかりつけ歯科との病診連携まで含めたネットワーク作りを進め、京大病院にて治療を受ける患者様の口腔内の健康維持に寄与できるよう全力で取り組んでまいります。私にとっては心機一転のスタートとなりますが皆様からご指導・ご支援を賜れれば大変光栄に存じます。これからどうぞよろしくお願い申し上げます。