2024年7月より京都大学大学院医学研究科附属がん免疫総合研究センターがん免疫多細胞システム制御部門の教授を拝命いたしました西川博嘉と申します。着任にあたりご挨拶申し上げます。
私は、平成7年に三重大学医学部医学科を卒業し、3年間の臨床研修ののち、平成10年に三重大学大学院医学研究科に入学しました。珠玖 洋教授(当時)のもとでがん免疫研究を始め、抗腫瘍免疫応答を増強させて臨床効果が認められる免疫療法を確立するためにマウスモデルを用いて基盤研究を行いました。特にCD4陽性ヘルパーT細胞を強力に活性化させることでCD8陽性 T細胞の効率的な活性化を誘導する研究を進め、がん細胞内に存在する免疫原性が高い自己抗原を認識しているCD4陽性T細胞の重要性を明らかにしました。大学院卒業後もこの研究テーマを継続し、同じ抗原がCD4陽性制御性T細胞(以下、制御性T細胞)にも認識されており、この同一抗原に対するCD4陽性T細胞応答バランスをコントロールする炎症性サイトカインの役割を解明しました。
その後、米国のMemorial Sloan Kettering Cancer Center (Dr. Lloyd J. Old 研究室) に留学し、マウスモデルで行ってきた研究をヒトに展開しました。このときDr. Oldからがん免疫研究でヒトに研究を展開する重要性を学びました。当時世界で最も臨床応用が進んでいたがん・精巣抗原の一つであるNY-ESO-1抗原に対する免疫応答が、制御性T細胞によって抑制されていることを見出しました。また細菌(サルモネラ菌)を抗原デリバリーシステムとして使用することにより、これらの制御性T細胞の免疫抑制を解除できることも明らかにしました。これらの一連の制御性T細胞のがん免疫抑制に関する研究がきっかけとなり、京都大学ご出身で制御性T細胞の発見者である大阪大学免疫学フロンティア研究センター 坂口志文教授のもとで研究を継続する機会を得ました。坂口研究室では、制御性T細胞によって抑制される側、つまりがん抗原特異的CD8陽性T細胞に対する抑制機序を検討しました。自己由来のがん抗原(現在はshared 抗原と呼ばれる)に対するCD8陽性T細胞は、制御性T細胞による免疫抑制により特徴的な不応答(アネルギー)状態に陥ることを示し、免疫学の長年の課題であったアネルギー状態の本態を解明しました。一方でこれらの免疫抑制は、外来抗原のような免疫原性の高い抗原(がんではneo抗原と呼ばれる遺伝子変異に由来するがん抗原など)には同様には機能しないことを示しました。
2015年4月からは国立がん研究センター研究所腫瘍免疫研究分野および先端医療開発センター免疫トランスレーショナルリサーチ(TR)分野を、また2016年4月からは名古屋大学大学院医学系研究科 微生物・免疫学講座 分子細胞免疫学をクロスアポイントメントで担当するという大変難しいながらもやりがいのある立場を頂き、臨床応用が進むがん免疫療法が抱える問題点について、基礎からTR研究までを幅広く進めています。特にがん微小環境というがん細胞と免疫細胞が直接対峙している場所に着目して免疫抑制機構を解明することで、抗腫瘍免疫応答を増強して臨床効果を発揮できるがん免疫療法を確立することを目指して研究を進めています。この度、2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞されました本庶佑先生がセンター長を務められているがん免疫総合研究センターにおいてご指導を仰ぎながら研究を進められますことは、望外の喜びであるとともに大変身の引き締まる思いです。
がん免疫療法の臨床応用により、がん細胞、がん微小環境および患者個人の多様性に着目した研究の重要性が増しています。私は、網羅的免疫解析とゲノム解析を融合した解析(免疫ゲノム解析)をヒトがん免疫研究に導入するともに、そこで得た知見を再度動物モデルに展開・検証することで普遍的意義を明らかにするという、ヒトから動物モデルという新しい研究スタイルを確立してヒトの多様性にチャレンジした研究を進めてきました。その結果、がん細胞が持つゲノム異常が直接周辺の免疫系に影響を与え、がん微小環境に免疫抑制ネットワークを構築するという腫瘍生物学の新しい概念「免疫ゲノムがん進展説」を提唱しました。今後はさらに研究を発展させて、免疫応答を多種多様な細胞が関わるダイナミクスな現象としてとらえ、1細胞の分子発現、時空間動態変化からミクロ細胞動態を捉えるとともに、細胞間のネットワークの変化から組織・個体レベルのマクロ生物学的視点での理解につなげていきたいと考えております。これにより、発がん、がんの進展過程でがん微小環境の免疫抑制機構がどの様に樹立されるのか、つまりがん抗原に対する免疫寛容と免疫監視の調節機構の本態を、免疫、エピゲノム、ゲノム、代謝など多方面から総合的に解析し、数理モデルによる予測を融合することで、免疫ゲノムがん精密医療、さらには予防医学へと展開していきたいと考えております。京都大学の先生方におかれましてはご指導、ご鞭撻の程何卒よろしくお願い申し上げます。