2019年に平成から令和にうつり、私は現職につきました。そしてその半年後、未曾有のパンデミックが起こりました。私の専門が感染症と臨床検査であったことから、「なぜこのタイミングなのか」という疑問と「やらねば」という複雑な心境でした。
「みなさんがPCR検査を受けることができるようになるためには、どれだけの検査機器が必要ですか」
ある夜更けにY先生から一通のメールがきました。Y先生は世界レベルの科学者で、それまで私は面識がありませんでした。
海外からの帰国者による第1波に見舞われていた頃、京大病院含め日本では十分なPCR検査をすることができませんでした。当時は政府からの支援もなく、そのメールの驚きを今でも鮮明に覚えています。それからの展開はめまぐるしく、MSフィナンシャルグループやアパレルのグローバル企業のF社が30余台もの検査機器を寄附してくださり、近隣の関連施設に配置することができました。また、教室の体制を整備し、市とタッグを組んでクラスター施設や“濃厚接触者”のPCR検査を1000件以上、毎日受け入れてきました。この間、研究室の教員は自身の研究テーマを止め、COVID-19が感染症法の5類に移行するまでの間、公共の利を信じて尽力してくれました。(詳しくは、文末のURLをご参照ください)
パンデミックを経験するまでは、私の中での感染症とは「人間と病原体の限られたinteraction」の世界でした。社会生活の中での感染症のうねりが、いかに人々の日常に影響を及ぼすのか、次々と運びこまれるコロナ検体と、なり止まぬ電話相談の中で痛感しました。さまざまな苦悩もありましたが、幸い、私たちの教室は、Y先生、MSグループ、F社と理解のあるスタッフのお陰様で一定の社会的役割を果たす=Obligeすることができたのではないかと思います。
「あ、これが、それか」と、遅ればせながら、ようやく少し理解できました。Noblesseは、昔は貴族を意味していたかもしれません。しかし、「もてるもの」と読み替えると、財力だけでなく、知識や技術を有するものととらえることができます。この理念こそが、次につながる私たちの医学・医療の“あり方”であり、世の中を動かす力になるのではないかと思います。そのことを、私や私の教室員はキャリアの早い段階で体感することができました。
ノブレス・オブリージュは、四角を真四角としかとらえられない社会では成り立ちません。コロナ禍では、既成の枠組みを超越したゆるいつながりが活きた場面もありました。さまざまな現場で働き方改革が推進され、業務の標準化・効率化が求められていますが、多様な“しかく”を活かすことができてはじめて、社会はうまく流れるのではないかとも思います。
コロナが5類に移行し、PCR検査も減る中、役割を終えた機器達はそれぞれの場所で眠りについています。「もったいない」という声も聴きますが、私はそれでよいと思っています。ただ、喉元をすぎてしまうまでに、「コロナ禍で何がおこったのか」を刻んでおくことが、私たちが次世代に対して行うべきこと=Obligeの要だと考えています。
URL:
京都大学大学院医学研究科 臨床病態検査学
https://clm.med.kyoto-u.ac.jp/wordpress/?page_id=439
京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/pressrelease/news/200615-170000.html

写真1
持ち込まれる大量のコロナ検体を整理し、PCR検査に向けて前処理をする場所です。

写真2
PCR検査やゲノム解析を一気通貫で行うシステムです。左奥にあるのは検体を保管する超大型冷凍庫です。