私は、2024年4月1日から人間健康科学系専攻の総合医療科学コース、基礎系医療科学講座に着任しました野中元裕と申します。私は2008年に本学薬学研究科にて川嵜敏祐先生のご指導の下、博士の学位を取得しました。その後、立命館大学、米国サンフォードバーナム研究所、産業技術総合研究所(産総研)を経て、2017年に本学の薬学研究科に戻って参りました。2019年4月からは、当専攻の分子生命基礎医療科学分野の准教授として研究室の運営に携わって参りましたが、この度、同分野をこれまで率いていただきました岡昌吾教授の後任として、教授を拝命する運びとなりました。
私は大学院時代から米国留学までの時期に糖鎖生物学分野を主軸として研究を行ってきました。タンパク質の配列や構造はDNA情報から推定することができますが、糖鎖構造はDNAに直接規定されるものではないため、予測することができません。従って、その構造や機能解析はタンパク質のそれらと比べて格段に難しいとされています。一方、古くよりレクチンと呼ばれる糖鎖結合タンパク質を利用することで糖鎖の部分構造を明らかにする手法が取られてきました。私は大学院時代にて、動物レクチンの一種であるマンナン結合タンパク質(MBP)の研究に従事し、MBP認識糖鎖が大腸がん細胞上に特異的に発現することを明らかにしてきました。その後、米国のサンフォードバーナム研究所において、糖鎖研究の世界的なパイオニアであるMinoru Fukuda先生、Michiko N. Fukuda先生のご指導を受け、がんやアレルギーなどの疾患と糖鎖の関連について研究を行いました。
私の研究の転換点は、Michiko N. Fukuda先生のご指導の下で進めた糖鎖模倣ペプチドの研究になります。この研究ではファージディスプレイ法を使った研究が鍵となりました。ファージディスプレイ法とは、ファージ粒子の表面に、任意のペプチドやタンパク質を提示することができる技術のことです。ファージの構成タンパク質をコードするDNAの直下に、任意の遺伝子を挿入することで、ファージ粒子上に目的分子を提示することができます。この手法を留学時に実際に実験台で教わり、標的分子に結合するペプチド配列を初めて確認することができた時の感動は今でも覚えています。億を超える分子パターンの中から、特定の配列が絞り込まれてくる過程はとてもワクワクする瞬間でした。この手法のおかげで、産総研では悪性腫瘍に標的するDDSペプチドの開発を進めることができました。現在、研究室では、ファージディスプレイ法を進化させながら、自己免疫疾患における新規診断薬の開発や、免疫原性をほとんど示さない新規抗体モダリティとして鏡像抗体(mirror-image antibody fragment)の開発を進めています。
人間健康科学系専攻の中でも総合医療科学コースは、今のところ半数程度ですが臨床検査技師の国家資格を目指す学生が集まっております。私の所属する分子生命基礎医療科学分野では、全学共通科目では基礎化学実験を、学部科目では生化学、分子細胞生物学、臨床化学などを担当しています。これらは将来の臨床検査分野の内容を学ぶ上で土台となる科目です。実際、臨床検査で扱うデータの多くは、生体内の化合物、核酸、タンパク質、糖鎖といった構成因子の挙動が反映されたものです。学部教育では、個々の分子の基本的な物性を学びつつ、それらの挙動が複雑に絡み合う現象を一つ一つ理解できるよう、物質情報に立脚した教育を心がけていきたいと考えています。
近年、高齢化社会の進展や医療費高騰などの社会問題が世界規模で深刻化しています。私は、自らの研究室で基礎科学を実践し、研究成果を還元していくのみならず、将来にわたって優れた基礎医療研究者を育て、世に送り出すことで、それらの解決の糸口を見出したいと考えています。そのためにも、学生と共に科学の最前線に立ち、学生が自発的に自らの知的好奇心を開拓できるような環境を提供していきたいと思います。これらの活動を通して、「先端医療に資する世界レベルでの臨床検査技師および研究者を育成する」という使命に貢献できるよう、努力して参ります。今後とも、ご指導ご鞭撻のほど、何卒よろしくお願いいたします。