【リレーエッセイ】 因果な研究 (社会健康医学系専攻健康解析学講座医療統計学 佐藤 俊哉 教授)

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SFが好きで中学生のころからSFマガジンを定期購入していたくらいのマニアですが、なかでも中学時代に読んだアイザック・アシモフの「銀河帝国の興亡」三部作にはやられましたね。その中に数学者ハリ・セルダンが提唱する「個人の反応は予測できないが、集団としての反応は一定の確率で予測できる」心理歴史学(Psychohistory)という架空の学問が登場し、銀河大百科事典(Encyclopedia Galactica)には「a profound statistical science」と書かれているそうです。
大学院では疫学教室に所属していて、教室のテーマは教授が大気汚染の疫学、助教授が栄養疫学、講師が放射線防御とばらばらで、わたしは教授についたため大気汚染の疫学調査を手伝っていました。そのころ教室のスタッフには医療統計の専門はいなかったのですが、学部の統計の講義と実習を非常勤講師の先生が担当していました。その先生の専門は多変量解析で、講談社ブルーバックスから「複雑さに挑む科学-多変量解析入門」を出版していました。心理歴史学のおかげで統計に対していいイメージを抱いていたこと、非常勤講師といいながら毎日疫学教室に出勤されていた統計の先生のおかげもあり、わたしのテーマもしだいに大気汚染から医療統計にシフトしていきました。
大学院を出てからは疫学研究の方法論(そう、コホート研究とかケース・コントロール研究といったものです)に関する研究をしていたのですが、ちょうどそのころRothmanのModern Epidemiology(現在では第4版となっています)が出版され、疫学を体系的な学問として確立しようという流れがはじまりました。それとほぼ同時期に実験研究ではなく観察研究から因果関係を調べるためにはどうしたらいいか、いわゆる因果推論に関する研究が疫学だけではなく複数の領域で盛んとなり、現在では飛躍的な発展を遂げています。みなさんも傾向スコアとか因果グラフといった用語を耳にされたことがあるのではないでしょうか。
わたしも因果推論の研究者のひとりですが、まあこれがわけがわからない。「かぜぐすり『ヨクナール』はほんとうにかぜに効果があるのか」といった因果関係を論じるためには、「かぜをひいたわたしが今日ヨクナールを飲んだところ、一週間後にはすっかりかぜがよくなった」だけではだめで、「もしわたしが今日ヨクナールを飲まなかったら、一週間後にかぜはよくなっているだろうか」という事実に反したできごと、反事実(counterfactual)という絶対に観察できない状況を考える必要があります。これがなかなか理解してもらえず、「観察できないことなのに、どんな意味があるのか」という批判がなされてきたのですが、幸いなことにSF的な思考になじんでいたため、わたしはすんなりと反事実の世界に入ることができました。「世の中なにが役立つかわからないなあ」というのが実感です。





Isaac Asimov. Foundation. Grafton Books, London, 1960.
ハリ・セルダン 銀河大百科事典より
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